スペイン人の名字に、中世の国境線がいまも残っている

ころんぶん編集部・読了目安:3分・出典: Rodríguez-Díaz, Manni & Blanco-Villegas (2015), PLOS ONE, CC BY 4.0

出典: Rodríguez-Díaz, Manni & Blanco-Villegas (2015), PLOS ONE, CC BY 4.0(中世スペインの王国の勢力範囲)

3行でわかる要約

  • スペイン全土47県、3万3,753種類・のべ5,141万9,788件の名字データを分析した。
  • 名字の地理的な分布をクラスタリングしたところ、13〜16世紀のレコンキスタ期に存在したアラゴン王国・カスティーリャ王国などの国境線とほぼ一致するグループが浮かび上がった。
  • その後何百年もの国内外の移住を経てもなお、中世の政治的な境界の痕跡が、現代の名字という形で残り続けていることがわかった。

ころんの解説

「名字なんて、ただの家族の呼び名でしょ?」と思うかもしれませんが、実は名字ってその土地の歴史をとても長く記憶しているんです。この研究は、スペイン全土の名字をコンピューターで徹底的に分析して、そこに隠れた歴史の痕跡を掘り起こしています。

スペインは8世紀から15世紀末にかけて、南半分がアラブ系の王朝に支配されていた時代があり、北のキリスト教勢力(カスティーリャ王国やアラゴン王国など)が少しずつ南へ領土を広げていった「レコンキスタ(国土回復運動)」の歴史があります。名字が今のような固定された形で子孫に受け継がれるようになったのが、まさにこの13〜16世紀ごろだったそうです。

研究チームが名字の分布パターンを地図上でグループ分けしてみたところ、驚くことに、当時のカスティーリャ王国・アラゴン王国・レオン王国などの国境線とほぼ重なる形でクラスターが現れたんです。国境が変わり、人々が何世代も移住を繰り返した現代でも、名字という日常的な情報の中に、何百年も前の政治地図がひっそり刻まれているというのは、なんともロマンがありますよね。

原文(アブストラクト)の日本語訳

※このセクションは論文のアブストラクト(要旨)を翻訳したものです。論文本文の全訳ではありません。

本研究は、現代スペインにおける名字の地理的な多様性が、名字が導入された当時(13〜16世紀)の歴史的な出来事を反映しているかどうかを検証し、あわせて現在人口の約11%を占める外国からの移民が、その多様性のパターンにどのような影響を与えているかを推定することを目的とした。2008年時点のスペイン居住者名簿に基づき、3万3,753種類の名字(のべ5,141万9,788件)の頻度分布を分析した。

スペイン本土47県について、また県同士の間で、同名率(アイソニミー)の指標と名字の距離を算出し、スペインで話されている各言語variety(方言・地域言語)の数値分類と比較した。名字の多様性と言語の多様性を表す2つのブートストラップ・コンセンサス樹を比較したところ、よく似た構図が浮かび上がった。主要なクラスターは東部(アラゴン、カタルーニャ、バレンシア)と北部(アストゥリアス、ガリシア、レオン)に位置し、それ以外の地域はかなり均質だった。この構図は、8世紀からアラブ人が支配していた領域を、北のキリスト教王国(カスティーリャ・イ・レオン王国、アラゴン王国)が15世紀末にかけて南へ回復していった「レコンキスタ」の過程で、名字と言語の標準化が積極的に進められたことの長期的な影響として解釈できる。現代スペインにおける名字と言語の多様性の地理は、中世末期の政治地図と対応しており、名字の採用とレコンキスタの政治的・文化的な影響が同時期に起きたことが、その後の国内外の移住によっても消えることのないスペインのアイデンティティを永続的に形づくったと考えられる。

原論文(PLOS ONE, CC BY 4.0)を見る

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